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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)79号 判決

東京都杉並区荻窪三丁目七番二三号三〇二

原告

日下正一

東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号

被告

荻窪税務署長 矢渕俊郎

右指定代理人

押切瞳

古俣与喜男

新保重信

長谷川藤吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

被告が原告の昭和四九年分所得税につき昭和五〇年七月三〇日付でした更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二原告の請求原因

一  原告は、その昭和四九年分所得税について、別表申告額欄記載のとおり、課税所得金額一〇万四〇〇〇円、税額零円として青色申告書により確定申告をしたところ、被告から昭和五〇年七月三〇日付で課税所得金額一四万二〇〇〇円、税額一万四一〇〇円とする更正処分を受け、これに対する審査請求も棄却された。

二  しかし、右更正処分は、所得の認定を誤っているばかりでなく、原告が昭和四八年分所得税の更正処分に対して異議申立てをしたこと並びに右異議申立ての取下げをしなかったことに対する報復としてされたものであるから、その取消しを求めめる。

第三被告の認否及び主張

一  認否

請求原因一の事実は認め、二の主張は争う。

二  主張

1  原告は経営指導を業とする者であるが、その昭和四九年分の正当な所得税は、別表被告主張額欄記載のとおり、課税所得金額が五七万七〇〇〇円、税額が五万八二〇〇円であるから、その範囲内で行われた本件更正処分に違法はない。

右被告主張額のうち原告の、申告額と異なる項目について説明すれば、以下の2ないし5のとおりである。

2  収入金額

(一) 原告の申告にかかる事業所得の収入金額三三一万円には、株式会社飯能光機製作所の社員に対する書道教授による収入金一万二〇〇〇円が含まれている。

(二) しかし、原告が右会社の社員に対して書道教授をした事実及び同社員から書道教授料を収受した事実はなく、右収入金は架空のものであるので、これを控除すべきである。

3  給料賃金(日下みつこ)

(一) 原告の申告額には、同人の娘である日下みつこに対する給料賃金四二万六〇〇〇円が経費として算入されている。

(二) しかし、右みつこは、内田芳子と同居し扶養されており、昭和四九年当時は一七才で高校三年に在学中であって、原告が営む事業に従事できる状況にはなかったものである。したがって、原告が右みつこに対して金員を与えたとしてもそれは子に対する小遣いとみられるものであり、提供を受けた労務の対価として支払った給与ではないから、原告の事業所得計算上の必要経費には該当しない。

4  医療費控除

(一) 原告は、申告において、医療費五万〇四九〇円を支払ったとしてその全額を医療費控除額に計上している。

(二) しかし、所得税法(昭和五〇年法律第一三号による改正前のもの。以下同じ。)七三条七三条一項によれば、医療費控除として認められるのは、その年中に支払った医療費の金額のうち総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の一〇〇分の五に相当する金額(当該金額が一〇万円を超える場合には一〇万円)を超える部分であるから、医療費控除額は、右五万〇四九〇円から、別表の被告主張額欄の総所得金額九五万一四一九円に一〇〇分の五を乗じて計算した四万七五七〇円を控除した二九二〇円である。

5  生命保険料控除

(一) 原告は、申告において、生命保険料一万六五〇〇円を支払ったとしてその全額を生命保険料控除額に計上している。

(二) しかし、所得税法七六条一項一号によれば、その年中に支払った生命保険料の金額から分配を受けた配当金等の額を控除した残額が二万五〇〇〇円以下である場合には、その残額が生命保険料控除として認められるものであるところ、原告は配当金一万一七五〇円の分配を受けているから、これを申告額から控除した四七五〇円が生命保険料控除額となる。

第四被告の主張に対する原告の認否及び主張

一  認否

1  被告の主張1のうち、原告が経営指導を業とする者であることは認めるが、その余は争う。

2  同2(一)は認めるが、(二)は争う。

3  同3(一)は認める。(二)のうち、日下みつこが原告と同居しておらず、当時高校三年生であったことは認めるが、その余は争う。

4  同4(一)は認めるが、(二)は争う。所得税法七三条一項の規定が、支払医療費の金額のうち各種所得金額の合計額の一〇〇分の五に相当する金額を超える部分の金額に限定して医療費控除を認めているのは、所得金額の少ない納税者を経済的関係において差別し、その生存権を侵害するものであるから、憲法一四条一項、二五条に違反し無効であり、右無効な規定を適用してされた本件更正処分は、原告の財産権を侵害するものとして憲法二九条一項にも違反する。

5  同5(一)は認める。(二)のうち、配当金一万一七五〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。支払った生命保険料額が二万五〇〇〇円未満の場合には、配当金の有無にかかわりなく、その全額を控除すべきものである。

二  主張

原告の確定申告においては、次に述べる経費及び所得控除の申告漏れがあった。

1  消耗品費七万一七三〇円

原告は、経営指導のほかに書道教授をも業としていた者であり、右書道教授の事業に使用するために、カイメイ株式会社に対する墨汁代として昭和四九年一月三一日に一万二四八〇円、同年三月一日に六二四〇円、同月二八日に九三六〇円、同年一〇月三〇日に一万三六五〇円、外谷製紙株式会社に対する紙代として同年一二月七日に三万円、以上合計七万一七三〇円を支出した。これを申告額二六万九七八六円に加算すると、消耗品費の総額は三四万一五一六円となる。

2  給料賃金(日下博文)三〇万円

原告は、その長男である日下博文を使用人として事業に従事させ、その給料賃金として昭和四九年一月から六月まで毎月五万円宛合計三〇万円を支給した。

3  退職金(日下博文)六〇万円

右日下博文が昭和四九年六月三〇日退職したので、退職金として六〇万円を支払った。なお、博文は原告と生計を一にしていたものではないから、原告の青色事業専従者には当たらず、同人に対して支給した退職金は必要経費に算入されるべきものである。

4  社会保険料控除一万五六七〇円

原告は、申告額のほかに、国民健康保険料として一万五六七〇円を杉並区長に支払った。

第五原告の主張に対する被告の認否

原告の主張は全部否認する。

第六証拠

一  原告

1  甲第一号証の一、二、第二ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証、第八ないし第一一号証の各一、二、第一二、第一三号証、第一四ないし第一六号証の各一、二、第一七ないし第二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし七、第二四ないし第三三号証の各一、二、第三四、第三五号証、第三六号証の一、二、第三七ないし第四一号証、第四二号証の一ないし三、第四三号証、第四四号証の一ないし三、第四五ないし第四七号証、第四八号証の一、二、第四九ないし第五一号証

2  原告本人尋問の結果

3  乙第三、第四、第七、第九、第一二、第一四、第一五、第一八ないし第二〇号証の成立(第一四、第一九、第二〇号証については原本の存在と成立)は認める。乙第一六号証中の上部欄外の「係争中につき」の記載及び同第一七号証中の「嘆願書」と訂正した部分の成立は不知、右各号証のその余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立(乙第八号証の一ないし四については原本の存在と成立)は不知。

二  被告

1  乙第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六、第七号証、第八号証の一ないし四、第九ないし第二〇号証

2  証人長谷川藤吉の証言

3  甲第一号証の一、二、第二ないし第五号証、第六号証の一、二、第九ないし第一一号証の各一、第一二号証、第一四ないし第一六号証の各一、二、第一九ないし第二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし七、第二四ないし第三三号証の各一、二、第三六号証の一、二、第三七ないし第四〇号証、第四七号証、第四八号証の一、二、第五一号証の成立は認める。甲第四二、第四四号証の各二、第四六、第四九号証のうち、官署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知。その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因一の事実並びに原告が経営指導を業とする者であることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、係争の所得項目について判断する。

1  収入金額について

被告の主張2(一)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証の二、第二一号証、第二二号証の二、原告本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第七号証、原本の存在と成立に争いのない乙第一九号証、同号証により成立の真正が認められる乙第一、第二、第一〇号証並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、社団法人全日本書道教育協会(以下「全書協」という。)の会員であり、昭和四五年一一月全書協施行の認定試験に合格し、昭和四六年一月二四日全書協から民間書道教授者としての資格を認められ、昭和四八年五月全書協から同年度協会運営委員及び学生部審査員を委嘱されたこと、原告は、昭和四二年ごろから昭和五〇年六月まで株式会社飯能光機製作所の経営指導をしていたが、その間飯能光機では社員に対する書道の教授を原告に依頼したことはないこと、飯能光機の社員横手勝克ほか数名の者が原告の紹介により昭和四五年ごろ全書協に入会したことはあるが、同人らも原告から直接書道の指導を受けたことはなく、したがって月謝の授受もなかったこと、同人らは、全書協入会後原告から書道に関する本や道具を贈られたり、全書協への出品に際し原告の助言を受けたりしたことがあるので、六月や一二月にウイスキー等の品物を原告に贈ったことがあること、原告は、昭和四九年中に贈られた右品物を一万二〇〇〇円と換算して事業所得の収入金額に算入していることが認められる。原本の存在及び成立に争いのない乙第二〇号証及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は書道教授の資格を有してはいたものの、飯能光機の社員に対し書道教授を業として行っていたものとは認められず、右社員から贈られたウイスキー等は原告の好意に対する謝礼であって書道教授の報酬ではないことが明らかである。したがって、原告主張の書道教授による収入金一万二〇〇〇円を原告の事業にかかる収入金額として認めることはできない。

そうすると、原告の事業所得の収入金額は、申告額三三一万円から右一万二〇〇〇円を減じた三二九万八〇〇〇円となる。

2  経費について

(一)  消耗品費

成立に争いのない甲第九ないし第一一号証の各一、第一二号証、第一四号証の一、二、原告本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第九ないし第一一号証の各二及び右本人尋問の結果を合わせると、原告は、申告にかかる消耗品費二六万九七八六円のほかに、書道用の墨汁代及び紙代として合計七万一七三〇円の費用を支出したことが認められる。

しかし、原告が飯能光機の社員に対して書道教授をしたと認められないことは前記のとおりであり、他に原告が昭和四九年中に事業所得にいう事業として書道教授をしたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、書道に関して原告が支出した右七万一七三〇円を事業所得の必要経費に算入することはできない。

(二)  日下みつこの給料賃金

被告の主張3(一)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第七号証、前掲乙第一九号証、原告本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第四一号証及び第四二号証の一、右乙第一九号証により成立の真正が認められる乙第六号証、右乙第一九号証により原本の存在及び成立の真正が認められる乙第八号証の一ないし四、証人長谷川藤吉の証言により成立の真正が認められる乙第一一号証を合わせると、日下みつこは、原告と内田芳子(昭和四五年六月原告と離婚)との間に昭和三二年一月一日出生した長女で、両親離婚後は原告と別居し、清瀬市で内田芳子と同居して同人に扶養され、昭和四九年当時は高校在学中(昭和五〇年三月卒業)であり、休暇中など学校の授業のないときにはたびたび原告方を訪れて原告から小遣銭をもらっていたことが認められる。前掲乙第二〇号証及び原告本人尋問の結果中には、昭和四九年当時原告がみつこと雇用契約を締結し、土曜、日曜、祭日に原告の事業の庶務係として文書整理やタイピスト等の仕事をさせ、給料を支給していた旨の供述部分があるが、右認定の事実に照らして措信しがたく、また、成立に争いのない甲第三号証、第三七ないし第四〇号証、乙第一二号証は、いずれも原告の作成にかかるものであるか又は原告の届出に基づくものであるから、その記載中右原告の供述にそう部分もまた採用することができない。そして、他に原告がみつこに対し給料賃金を支払っていたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点に関する原告の申告は誤りというべきである。

(三)  日下博文の給料賃金

前掲乙第一一、第二〇号証、原告本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第四三号証、第四四号証の一及び右本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合わせると、日下博文は、原告と内田芳子との間の長男(昭和二六年生)で、両親離婚後原告と別居して内田芳子と同居し、昭和四九年当時は丸三証券株式会社に勤務していたが、そのかたわら勤務時間外などを利用して頻繁に原告の経営指導の事業を手伝い、その都度原告から報酬を得ていたものであり、その額は必ずしも一定していなかったが、同年中に総額三〇万円は受領したことが認められる。原告が右報酬の支払いについて申告しなかったことは右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、右三〇万円は博文に対する給料賃金と認めるべきであるから、これを経費として控除すべきである。

(四)  日下博文の退職金

原告は、その本人尋問において、日下博文が昭和四九年六月三〇日に原告方を退職したので退職金として六〇万円を支払った旨供述する。しかしながら、右供述自体あいまいであるうえ原告が作成した博文の昭和四八年分給与所得源泉徴収票(原本の存在と成立に争いのない乙第一四号証)には、同人の退職時期が昭和四八年一二月と明記されており、また、原告が昭和五〇年二月一九日付で荻窪税務署長に提出した昭和四八年分所得税の更正請求書(欄外の記載部分を除き成立に争いのない乙第一六号証)には、同年中の退職金として三〇万円が計上されているのであって、これらと対比すると、原告本人の前記供述はたやすく措信しがたく、他に昭和四九年中における右退職金支給の事実を確認するに足りる証拠はない。

(五)  以上によると、原告の申告にかかる事業所得の経費については、日下みつこに対する給料賃金四二万六〇〇〇円を減じ、日下博文に対する給料賃金三〇万円を加算すべきであるから、結局、別表の経費等合計額は二六四万六五八一円となる。そして、これを1で判断した収入金額三二九万八〇〇〇円から控除すると、総所得金額は六五万一四一九円である。

3  所得控除について

(一)  医療費控除

被告の主張4(一)の事実は当事者間に争いがない。そして、所得税法七三条一項によれば、医療費控除として認められる金額は、総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額の一〇〇分の五に相当する金額(当該金額が一〇万円を超える場合には一〇万円)を超える部分の金額(当該金額が一〇〇万円を超える場合には一〇〇万円)に限られているから、原告の支払医療費五万〇四九〇円につき、前記総所得金額の一〇〇分の五に相当する金額(円未満切捨)を超える部分を計算すると、一万七九二〇円となる。これが医療費控除として認められる額である。

原告は、右所得税法の規定を違憲無効であるとし、したがって本件更正処分もまた違憲であると主張するが、独自の見解にすぎず、採用するに足りない。

(二)  生命保険料控除

被告の主張5(二)の事実並びに原告が配当金として一万一七五〇円の分配を受けたことは当事者間に争いがなく、この事実に所得税法七六条一項一号の規定を適用すれば、生命保険料控除額は四七五〇円となることが明らかである。支払保険料額から右配当金を控除すべきでないとの原告の主張は、採用することができない。

(三)  社会保険料控除

原告は、国民健康保険料として一万五六七〇円を支払ったと主張するが、成立に争いのない甲第二号証によれば、右保険料は昭和五〇年四月の支払いにかかるものであることが認められるから、これを昭和四九年分の所得から控除すべきものではない。

(四)  以上によれば、原告の申告にかかる所得控除については、医療費控除を一万七九二〇円に、生命保険料控除を四七五〇円に減ずべきであるから、別表の所得控除合計額は三八万八八七四円となる。

三  そうすると、原告の課税所得金額は、前項2(五)の総所得金額六五万一四一九円から同3(四)の所得控除額三八万八八七四円を差し引いた二六万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)であり、本件更正処分が右の範囲内で行われていることは明らかである。

また、原告は、右更正処分が原告に対する報復的意図でされたものであると主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。

四  右の次第で、本件更正処分に原告主張の違法はないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 中根勝士 裁判官 菊池洋一)

別表

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